歴女がゆく!

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  • 尚之助さんも通った!? 道をゆく vol.2

    尚之助さんの生家があるのは本町通り、最初の交差点を右に折れ『大手前通り』に入ります。

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    江戸時代にはお城に攻めてくる敵からの侵入を防ぐため、道の中央に川を通していたそう。
    赤い丸の部分は、そのなごり。現在は蓋がされていますが、中をのぞくと川が流れているのが見られますよ。

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    そして、辰鼓楼前の交差点も『くいちがい』になっとります。
    ほうほう、vol.01でお勉強しましたね!


    そして八木通りを抜けます。
    『八木通り』は山名四天王のひとり八木氏にかかわりのある町ではないかと言われています。

    通りに面した神社『呉服神社(クレハトリジンジャ)』

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    この辺では昔、染め物工場や織物関係の仕事をされているところが多かったそう。
    その関係で呉服と名付けられたのではないかという事です。

    川見さん情報ですと、節分時に神社の鳥居をくぐると一年間風邪をひかないという言い伝えがあり、節分時期には各神社、沢山の人で賑わうのだそう。『でもね、この神社では甘酒が出るから、私は毎年行っとるんです〜』とニコニコ笑顔で教えてくれました。

    へええ!私も今年は来ようっと!

    さてさてずんずん進みますよ〜。

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    道を曲がった突き当たりには『本覚寺』が待っていました。みなさん、覚えていますか!?今年の6月1日にアップした記事。
    てっせんが沢山咲くあのお寺です!別名てっせん寺としても有名です。

    出石の町には、神社仏閣が約40あると言われています。こうやって道の突き当たりに構えられているところが多く、敵から逃げるため、行き止まりにして敵を攻撃するためと色々な役目を果たしていたんですね。

    ずんずん行って材木町へ。(現在の出石高校の前の民家の通り)
    大工さんが多く暮らしていたのだそうです。名前の一つに一つにちゃんと意味があるんですね!
    しかも分かりやすい。

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    そこに入るとすぐに『天満宮神社』が見えます。学問の神様ですね。ここの敷地はあの尚之助さんも通ったのでは?と言われる『弘道館』があった場所だそうですよ!現在は弘道小学校として場所が変わりましたが、昔は城の近くにあって、武士の子供たちが通っていたんですね。

    次回に続きます。

    2013.12.14